名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(う)210号 判決 1974年3月26日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五万円に処する。
被告人において、右罰金を完納できないときは、一日を金一、〇〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、福井地方検察庁武生支部検察官事務取扱検事細谷明作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、「原判決は公訴事実の外形的事実についてはこれを認めながら、道路交通法一一六条にいう損壊には、火災による焼燬の結果は含まれないとの解釈のもとに、本件の場合被害建造物は、焼燬により損壊したというのであり、自動車の突入ないしは自動車事故に伴う物理的衝撃力により損壊したものではないから同法条違反の罪は成立しないとして被告人に対し無罪の言渡しをしたが、右は同法条にいう損壊につき法律の解釈を誤り、その結果適用すべき法律を適用しなかつた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるからとうてい破棄を免れないものであるといわねばならない。蓋し、道路交通法一一六条は、損壊の原因、態様等につき何ら規定していないのであるから損壊の意義については刑法その他の法律におけると同様、物の効用を害する一切の行為を解して妨げなく、火による減損は物質的に形態を変更する最たるものであるから刑法においては公共の危険に着目し公共危険罪として特に放火罪等の諸規定を設けていることは別として、概念的には当然損壊にあたるものといわねばならない。もつとも該法条が設けられたことについては運転者の過失により車両が人家に突入して家屋を損壊する事故がひん発したことが契機となつたことは否定しえないところであるが、それ以外の形態による非典型的事故の発生も常に予測しうるところであるから、同法条の規定の趣旨は車両等の運転者の過失ある運転行為を防あつし、またそのような行為に基づき発生する建造物の損壊を防止するところにあり、従つて過失ある運転行為と建造物の損壊との間に因果関係があれば足りるものと解すべきであり、しかして本件の如き火災による場合は原判決のいう物理的衝撃力による破壊とは比較にならない程重大な結果を生ずる場合が多いと考えられるが、原判決の如き見解に立つならば、物理的衝撃力により柱一本を損壊した場合は同法条による処罰対象となる反面、火力により建造物全体を損壊した場合はその処罰の対象とならず、わずかに過失の内容からいつて失火罪の成立が肯認できるようなものであればこれにより処罰しうる場合があるにとどまることとなり同じく過失ある運転行為に基きながら重大な結果を惹起したものが処罰を免れるか、場合によつて軽い処罰となるに過ぎないこととなり著しく不公平な結果を生ずるのであつて、とうてい首肯し難いものであるといわねばならない。」というにある。
所論に鑑み記録を精査して勘案するに、原審取調にかゝる各証拠によれば、原判決も説示するように、起訴状記載の公訴事実は、優にこれを認定しうるところであるから、右公訴事実における被告人の所為が、道路交通法一一六条に該当するものであるか否かの点につき検討するに、原判決は同法条が自動車のとび込みによる事故の危険性に着目して設けられた規定であることからみてここにいう「車両等の運転者が……他人の建造物を損壊したとき」とは自動車の突入ないしは自動車事故に伴う物理的衝撃力により建造物が損壊した場合を指し、本件の如く自動車が建造物に接触したのみで直接これを損壊せず、ただ右接触の結果火災が発生し、建造物が焼燬したような場合はこれに該らないとしている。
しかし乍ら、成程右法条が設けられたことについて自動車のとび込みによる事故の危険性が考慮されたことはその説示するとおりであろうが、そのことの故に直ちに同法条にいう損壊の意義を原判決の如く限定的に解釈しなければならないとする理由は見出し難いものといわねばならない。即ち、文言の点からみても同法条は単に「車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、……」と規定するのみで損壊の原因、態様等については何ら規定していないのであるから、ここにいわゆる損壊とは一般に物の効用を害することをいうものと解せられるのみならず、刑法における毀棄等の罪と放火等の罪についての諸規定の関係を考慮にいれても同法条の場合に火力による減損の場合を特別除外しているものとは解せられず、また、事柄を実質的に検討してみても、車両等ことにその中核を占める自動車についていえば、それ自体建造物に対する物理的破壊力を有するのみならず、ガソリン等を燃料とする内燃機関を具備する構造上、必然的に衝突時において火災発生の危険性を内包しているものであるから、建造物に突入した場合等において、その衝撃が原因となり自動車から火を発しこれにより建造物を焼燬するに至る事態がおこりうることは一般的見地からしても容易に考えられるところであるから、同法条の趣旨がかゝる場合を除外し、物理的衝撃力により損壊した場合のみを処罰の対象としたものとは容易く断じ難いものであるといわねばならない。これと異なり原判決のごとく限定的に解するとすれば、所論指摘のごとく、自動車を衝突させ火を発した結果建造物全体を焼燬するという重大な結果を発生せしめた者はその結果につき同法条の処罰対象とならない反面、物理的衝撃力により柱の一・二本を折損した程度の結果を生ぜしめたにとどまる者が処罰される結果となるが如き著しく不公平な取扱を生ずることとなり、きわめて不合理な結果となる。(もつとも理論的には火を発した場合には失火罪の成立することも考えられるけれども、自動車運転上の過失が即失火罪にいう過失を構成するということは事柄の性質上特段の事情ある場合のほかは困難であると考えられ、万一これが成立した場合でも刑の不権衡の問題は依然として残る。)
以上のとおりであつて、同法条に所謂損壊とは自動車の突入ないしは自動車事故に伴う物理的衝撃力により建造物が損壊した場合をいうとする原判決の見解は狭きに失し充分な合理的根拠を欠き左袒しえないものであり、右の如き場合が損壊にあたることは当然として、自動車の突入により或いは突入に至らないまでも衝突した際に直接自動車より火を発し建造物を焼燬するに至つた場合若しくは、本件の如く自動車が建造物に衝突しこれに接触停止したが、その際当該建造物に接着して付設されていたプロパンガスボンベに衝突した結果引火し建造物に燃え移りこれを焼燬するに至らしめた場合(ちなみに都市ガスが敷設されていない地方において一般民家においてプロパンガス等を炊事、暖房等に利用する関係から、そのボンベを屋外の家屋に接着した場所に付設使用していることは世上往々に見受けられるところであり、格別異とするに足りない現象である。)などもまたこれに含まれるものと解するのが相当であり、換言すれば過失ある運転行為により直接建造物に物理的衝撃力による破壊その他建造物の効用を害する結果(たとえば積載物による汚損など)を生じたが如き場合のほか、これにより車両等を建造物にむけ暴走させた結果建造物の破壊その他その効用を害する結果を発生させた場合にも、その間に因果関係の認められる限り同法条違反の罪の成立を認めて妨げないものといわねばならない。
そうだとすると右に反し、これと異つた見解から本件について同法条違反の罪の成立を否定した原判決には、同法条の解釈を誤つた結果罪となるべき事実に所定の法令を適用しなかつた誤りがあることとなり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから原判決はこの点において破棄を免れないものであり、論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書に則り当裁判所において更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四七年九月一三日午後八時すぎ頃、普通乗用車を運転して福井県丹生郡越前町宿二の一四番地附近の国道三〇五号線を北進し、同所の右方に通ずる道路の方に右折して東進するに際し、絶えず前方に注意を払つて安全を確かめ進路前方に障害物等を発見すれば、之を避譲して進行する等すべき業務上の注意義務があるのに、同道路入口左右に駐車する車両の方に気を取られたりして前方注視をおろそかにした儘、時速約三〇粁で進行した過失により偶々前方道路右側の相木信一方前の道路右側から約八〇糎内側路上に放置されてあつた石塊(巾約二七糎、高さ約二五糎、長さ約八〇糎)に気付かず、自車右前車輪を同石塊に乗り上げさせてハンドル操作の自由を奪われ、自車を右前方に暴走させて右相木方台所に衝突停止したがその際右台所軒下に置かれたプロパンガスボンベ等に自車を激突させたうえ同ボンベを倒して自車前部で引ずり、同ボンベ調整器を折損させて在中のプロパンガスを路上に放出させ、一方、同ボンベを引ずつた際金属火花を発生させて同ガスに着火させ、自車並に相木方東隣の正木正道方前に立てかけられてあつたビニール板に燃えつかせて更に相木方家屋、正木方家屋に燃え移らせ、その頃、相木信一所有の木造二階建家屋一棟を全焼(損害額約壱千万円相当)させたほか、正木正道所有家屋の表側柱二本等を焼燬(損害額約七万円相当)させてこれらを損壊したものである。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)
被告人の判示所為は包括して道路交通法一一六条に該当するが、本件事案の態様、結果ことに発生した結果は重大とはいえ、右に至るについては偶然の事情によるものが多いと認められること並びに被告人の年令、身上、経歴、前科等諸般の事情を考慮し、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、被告人において右罰金を完納することができないときは刑法一八条により一日を金一、〇〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
よつて主文のとおり判決する。
(沢田哲夫 上野精 福島裕)